傾聴とは

 福島県研修会が郡山教会で行われました。仙台教区サポートセンターからお二人の講師によるお話と、その後に参加者をグループ分けして演習としてロールプレイをしました。
お話は、
1.「傾聴とは? 傾聴の基本的な心構え・寄り添うことの意味」講師:赤井聖子(東仙台教会所属)
2.「釜石での活動から」講師:宇根節(神戸中央教会所属)



1.傾聴には、
・相手がしゃべっている言葉だけでなくその背景にあるものも理解しようとすることが必要。
・積極的に聴くが、それは根掘り葉掘り聞きだすことではない。
・相手をあるがままに受け入れること。
・聴き手の考えを押し付けないこと。
・自分のことは話さない。
・相手が感じているように感じること。
・評論家にならない。
・称賛や共鳴を表す。
・聞き出そうとしない。
・前置きが長いのは、本当は話したいがまだ話したい気持ちになっていないので、待つ。
・話す環境として自宅のリビングにいるような環境が最もリラックスできる。すなわち、テレビや音楽、外で子どもが遊ぶ声や車の音、飲み物、お花、ペットなどはむしろ気持ちを落ち着かせるために助けとなる。
2.釜石の仮設住宅5か所で「お茶っこサロン」を開いている。
・初めから傾聴しようという心構えでなくていい。まずは出会いから。
・聴く必要が生じてきた時に「傾聴スイッチ」に切り替える。
・聴く耳には5つある。それらを育てよう。
1)身体の耳(音や声)
2)知性の耳(知的なこと、分からないこと)
3)感情の耳(辛い、悲しい、嬉しい)
4)心理の耳(良心、善悪)
5)スピリチュアルな耳(自己の存在、信条)
・専門家でなくてもキリスト者としてできる傾聴がある。

 この後、5つのグループ(12,3名ずつ)に分かれ、話し手と聴き手の役をする代表を1名ずつ選び、他の人たちはそのやり取りを傍聴して良かった点、改善点等を話し合いました。
 実際に聴き手となることは難しいことではありますが、信頼関係ができれば、相手は自然に話し始め、聴き手も親身になって聴くことができるでしょう。
 被災者は表面的には元気に見えても、心の底では傷を負っています。まずは出会いから始めてみましょう。