『小さい者とともに』ジャン・バニエ(2)

『ラルシュのこころ』 ―小さい者とともに、神に生かされる日々―
                                ジャン・バニエ(Jean Vanier)
【第一章 イエスの秘儀】
・イエスは貧しい人に「よい知らせ」を告げに来られました。
「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」(イザヤ61:1、ルカ4:18)
・貧しい人は疎外され、悲しみと罪悪感と自分自身の否定的なイメージの中に閉じ込められていました。未来も希望もなかったのです。もう一方で、金持ちもいました。権力を持ち、自分自身に満足していました。成功し、特権と富を持ち神に祝されていると思っていました。
・イエスは裁いたり断罪したりするために来られたのではありませんでした。金持ちと貧しい人を隔てている壁、健康な人と病気の人、あるいはハンディを持つ人との壁を壊しに来られました。みなが和解し、同じ神の一つの「からだ」の中で自分の場を見いだすためです。
・イエスは一人一人が尊敬され、社会をもっと正義に満ちたものへと改革するために、王となる道を選ばれませんでした。下って行く道を取られました。傷ついた人のそばに行き、その人のようになろうとされました。
・イエスはまったく新しいビジョンをもたらしました。神は単に貧しい人を見守る、善なる存在、共感に満ち、金持ちに向かって分かち合うよう招かれるお方である、というだけではありません。
「わたしの選ぶ断食とはこれではないか。悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。更に、飢えた人にあなたのパンを裂き与え、さまよう貧しい人を家に招き入れ、裸の人に会えば衣を着せかけ、同胞に助けを惜しまないこと。そうすれば、あなたの光は曙のように射し出で、あなたの傷は速やかにいやされる。あなたの正義があなたを先導し、主の栄光があなたのしんがりを守る。あなたが呼べば主は答え、あなたが叫べば「わたしはここにいる」と言われる。軛を負わすこと、指をさすこと、呪いの言葉をはくことを、あなたの中から取り去るなら、飢えている人に心を配り、苦しめられている人の願いを満たすなら、あなたの光は、闇の中に輝き出で、あなたを包む闇は、真昼のようになる。主は常にあなたを導き、焼けつく地であなたの渇きをいやし、骨に力を与えてくださる。あなたは潤された園、水の涸れない泉となる。」(イザヤ58:6-11)
・イエス自身が貧しくなられます。
・貧しい人に善を施すことが問題なのではなく、貧しい人のうちに隠れておられるイエスを見いだすこと、貧しい人が癒され、解放されることが、大切なのです。