希望

 今日もまた、ポスターとチラシの配布に明け暮れた。誰もいない教会で一人黙々とチラシの枚数を数え仕分けした。他の信者さんも主日に持って帰られたので、それぞれが配布に歩いてくれている。
 日本キリスト教団の教会に持って行った。ここの牧師さん(女性)はとても好意的で、併設の幼稚園の全家庭に配布してくれるというので、言われていた100枚を持参した。教会用には10枚。信者数は我が教会と同様だ。
 四方山話をした。教会で葬式ができない話になった。キリスト教の信仰を生きてきて、最後に教会で葬式をしない(できない)のは何とも残念なことだ、という。残された家族が信者ではない場合、ますます教会での葬式は難しい。我が教会の場合、教会の墓地がないので、お寺の墓に入るためにお寺で葬式をせざるを得ない。6月に帰天された安斎さんもまさしくそうだった。この方は自分では教会でお葬式をしてもらいたいと、喪主となる未信者の弟さんにキリスト教の葬式のやり方などを手引きしていたのだが、最後は結局諦めざるを得なかった。
 日本キリスト教団の二本松教会ではすでに大正時代から墓地を所有されているとのことだ。そして、牧師さんは、ここを共同墓地にしてみんな一緒にしたい、と希望を語られた。さらに、何とも嬉しいことには、カトリック教会の方も半分お使い下さい、と申し出て下さった。このような寛大な心に触れると、イエス様の愛に生きてらっしゃると感じる。
 その他にも、いろいろ話をしたが、とても積極的な方だ。そして宣教にも熱心だ。頼もしい女性牧師さんだった。元気と希望を頂いて帰路に着いた。

 安田さんのところにご聖体をお持ちした。私が安田さんの部屋へ向かって行くと、ちょうどそちらから歩いて来られる。そして、私の姿を見つけると、相好が崩れた。そして、いつもいつも申し訳ない、と恐縮された。私は、いえいえ、これまで安田さんにはさんざんお世話になったのですから、そのお返しですなどとと言ってみるが、紳士の安田さんはなおも恐縮される。
 変化のない生活に外界の情報をもたらそうと、教会の写真を冊子のアルバムにしてお持ちした。安田さんは司祭館が取り壊された跡をご存知ないので、最後の司祭館の姿とその後駐車場となった写真をその中に収めた。そして、教会のみんなが神父様を囲んで撮った写真とご高齢のため教会に来られなくなった方々の個々の写真も入れた。興味深く見てくださった。表紙には「安田さんへ−カトリック二本松教会−」と明記しておいた。こんなことでも安田さんの慰めになればと思う。毎日、息をついているだけです、とおっしゃる安田さんに少しでも生きていることに希望を持って頂きたい。
築50年の最後の司祭館の姿 2009年5月31日司祭館跡、駐車場に。