一人のために(1)

 花房さんがもうずっと何年も前に体験して忘れない事として聞かせて下さった話である。
 二本松教会では平日にミサはないので、彼女は時々福島の教会のミサに与るために行くことがある。その日も夕方6時にミサがある日なので出かけて行った。ところが、彼女はその教会の所属ではないので知らなかったのだが、神父様の都合でその日のミサはないということになっていた。教会に着いてみると誰も来てはおらず、時間になってもミサが始まる様子はなかった。おかしいな、と思った彼女は確かめるために司祭館に行ってみた。すると、たった今外出からお戻りになった神父様がいらした。伺ってみると、今日はどこかの修道院でミサを頼まれて出かけていて、時間までに戻れないと思ったのでミサはないという連絡をみんなにしておいたとのことだった。彼女はがっかりしたもののしょうがないと思い、「そうでしたか、分かりました。」と帰ろうとした。すると、神父様は彼女がわざわざ二本松から来ていることを知っていたからだろうか、「ちょっと待って。ミサをしましょう。」とおっしゃったのだ。そして、彼女が言うには、彼女に気を遣わせないように、「修道院でたてたミサは特別なミサでしたからちょうどよかった、今日のミサはまだしていませんから、あなたが来て下さったお陰でそのミサをすることができます。」と喜びを表して言われた。彼女はそれでも驚いて、「私一人のためにして下さるのですか。」と聞きなおすと、神父様はなおも「あなた一人ではありません。あなたの天使と私の天使とで4人です。」とおっしゃる。もはや彼女もこれ以上遠慮をする理由もなく、かくして神父様と彼女とその天使たちとでミサが立てられたのだった。
 その神父様は救いも求める人のためなら、たとえ真夜中でも応対して下さるのだ。ある深い悩みをかかえる人が苦しさに耐え切れず夜中に神父様に電話をすると、「すぐに教会に来なさい。」と寒い冬にその人のためにストーブをつけて待っていて悩みを聞いて下さった。お陰で、その方は自殺を思い留まり、今ではすっかり元気を取り戻している。
 花房さんは、あの神父様は人の救いのために重荷を取り除いて下さる本当にすばらしい神父様だと言う。その後、その神父様はいわき教会に転任されてしまったので私たちにとっては残念だが、その場でまたその神父様は良い種をたくさん蒔いて下さっていることだろう。