安田さんの趣味

 安田さんのところにご聖体をお持ちした。「やまびこ苑」は冷房完備しており、外は35度の猛暑だが、中に入ると過ごしやすい温度になっていた。安田さんは廊下の椅子に腰掛け無為の時を過ごしておられた。私の近づいてくる足音に気づくと顔をこちらに向け、安田さんの方から「あ、どうも、どうも!」とにこにこ顔で挨拶して下さった。いつものようにご聖体拝領の後、雑談をした。雑談と言っても、実は私は何を話していいのか分からない。安田さんは毎日代り映えのしない毎日であり、今までで苑での生活の様子は話終えてしまった感があり、この上何を話題にしていいのか分からない。先週は、お互いに「だんまり」になってしまった。
 安田さんは「この頃、記憶が悪くなって思い出せないんです」とおっしゃる。お年のせいもあろうが、何と言っても話し相手がいないことが問題だと私には思える。安田さんの部屋は4人部屋で、常時4人全員が部屋にいるが、会話は全くない。他の3人はベッドに寝たきりだ。だが、眠っている訳ではない。目は開いている。人間らしさとは、生きるとは、ということを考えさせられる。
 私が「誰か一緒に遊び相手になるような人というのはいないんですか?」と聞くと、安田さんの趣味は囲碁と将棋だということが分かった。その碁盤を家から持ってきており、戸棚の中に入っているとのことだ。そして、入所したばかりの頃は相手になる人もおり、また、一人将棋なども楽しんでおられたそうだ。今は、相手もない。「私は五目並べならば...」と頭をかきながら言ってみたが、とても安田さんの相手にはなれそうもない。誰か、囲碁か将棋の指せる人はいないものか...
 結局何も役に立たない自分を歯がゆく思いながら、帰路に着いた。だが、少なくとも、囲碁の話をしている時の安田さんの目は生き生きとしてし、声の調子も一段と強かった。この上囲碁の相手ができたら申し分なかったのだが...。